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  Lucis et …












その場動いてはいけない、と言われたら普通はとても苦痛に感じるだろう。
だが今の二人には、案外幸せな一時にも思えた。







目下、アッシュとルークは横に並んで部屋の真ん中で静止を求められていた。
数メートル先に俄然とあるのはキャンバス台で、人一人を隠すのは容易な大きさである。
その向こう側に座っているのは、見事な白いあご髭をたくわえた初老の男性宮廷画家で、こちらを合間にじっくりと見ながらも一心不乱にキャンバスに向かっている。
被写体はもちろん立ちすくむアッシュとルークの二人であった。

(ルーク、もう少し前に集中した方がいい)
前を忘れてしまったような様子がわかり、アッシュはそう言いなだめた。
もちろん口で出すのではなく、回線を使ってだが。
まっすぐ前を向くようにと言っても、じっとするという行為はルークあたりでは少々慣れていないことなのでむずがゆいようだ。
こうやって連続してずっと回線を使っていると普通に話をしているような感覚に陥ってしまったらしく、当初はきちんと伸ばしていた背筋などが保てなくなっている。
全くもって動いてはいけないというわけではないけど、構図が決まっているのでそれを崩す事はあまり良いことではない。
(あ、ごめん。そっか、今は俺たちの肖像画を描いてもらっているんだったよな)
改めて話しかけられたので、ルークも回線で言葉を返す。
過去に自身の絵を描かれた経験がないわけではないが、この年齢になってここまでしっかりと描かれるとは思わなかった。
しかし、これは母のたっての希望なのだから仕方ない。



エルドラントから無事に二人で帰還をした時、両親は言葉では言い表せないほど非常に喜んだ。
特に母は、死んでしまったと思われた子供が無事に帰って来たのだから、過去を取り返すかのように何かとつけて色々と思い出作りをしようと言った。
今まで何かと心配をかけすぎたのだ。
出来る限りの望みは叶えてやりたいと思うのが二人の子供心でもあった。
その中の一つとして提案されたのが、二人揃っての肖像画である。
はい、と了承の返事をする前には、もう絵を入れる見事な額縁は決まっていた。
本縁には上等な金箔が隙間無く散りばめられており、周りには家紋の紅玉をあしらった刺繍も忘れられていない。
あとはキャンバスが埋まるのを待つのみという状態になっていたので、断れるはずもない。
しかも大々的に額装する気満々で、キムラスカ・ランバルディア王国随一の美術館に飾るというのをあわてて止めたのは一苦労であった。
こんなときだけは母はまるで病を忘れたかのようにいつも以上に元気で、喜々としていた。
少しあきれ顔な父は、黙ってその様子を眺めていたから、ルークとアッシュの二人が頑張るしかなかったのだ。

(そうだ。時間的にも今日の分はそろそろ終わるだろうが)
真っ直ぐに前を見つめながらアッシュは言う。
何日にもかけて描いているので、日にち的にいつ終わるかは検討もつかない。
もくもくと動く画家の手は時々止まったりもするが、進展は知らない。
ようやくスケッチは終わったらしいと言われたのは何日前の出来事だっただろうか。
(そっか。この時間、別に嫌なわけじゃないんだけど、やっぱり身体を動かせないのはちょっぴり辛いかな。)
絵を描かれている間中、話続ける二人だけの秘密の時間。
こうやってアッシュと回線を使って話す事が出来なかったら、我慢強くないルークは直ぐに限界が来てしまっていただろう。
遠くに居るときに回線を使って呼びかけられたりすることは今でもあるが、こうやって側にいるときに使われるというのは何だか変な感じでもあった。
(確かに、おまえは動いている方が似合っているかもな)
ふっと内心だけ笑ってアッシュは賛同した。
少々動けない苦痛はアッシュ自身にもないわけではないが、ルークが言うほどには感じてはいない。
始めに絵の構図を指定されたときは横に並んでと言われたので、アッシュは左にルークは右に立った。
その後に少しずつ微調整されて、今は並ぶというよりアッシュの方が位置的に少しルークの後ろになる。
そしてアッシュはほんの少し身体を横に向けて、腰の剣に手を添えるようにと言われた。
窮屈ではないが面倒な体勢であったが、そっちの方がいいと宮廷画家はやんわりとだが言うのだから仕方ないと諦める。
最終的にもインスピレーションはこれで決まったらしく、毎回この形で固まっている。
生憎、ルークの位置からだとアッシュの姿は服の切れ端ぐらいしか見えないだろうが、アッシュからだと少し視線をずらせばルークの様子が良く見える。
前を向いてもキャンバスしか見えないので比較的アッシュはルークの方ばかりを見続けていた。
本人は気が付いていないだろうが、そんなことを知られたら意識して嫌だとか言い始めるも知れないので、あえて黙っている。
唯一の難点は触れられないというところだけであろうか。
たまに少しそわそわする様子も見ていて飽きないので、正直楽しい。
(うーん。やっぱりさ、俺は絵を描くも苦手だし。服も着なれてないから窮屈だし)
本当だったら詰襟を緩くしたいと今でも思っていて、ついそんなことをルークは口にする。
母から指定された服は、ランバルディア至宝勲章と子爵という爵位が授けられた時に与えられた服だった。
あの時は自分の服しか見ていなかったけど、ちゃんとアッシュの服も同じように作ってあったらしく、本当に準備のよいことだ。
子爵服に正装していると、髪もなでつけなければいけないので毎回少々手間がかかる。
ちょっと理解できないとまでは言わないが、芸術って難しい。
(服は、まあ仕方がないが………くれぐれも気をつけろよ。お前の斜め後ろにある椅子は、王城の宝物庫から持ってきたと、ナタリアが言ってたぞ。間違っても壊さないようにな)
大丈夫だとは思うが、万が一のことを考えてアッシュは釘を指す。
オブジェとして置かれている椅子は相当な年代物らしいが、丁寧に保管されていたため、その陰りを見せてはいない。
銀細工の模様を中心に柘榴石を切り取ったような天然石がまるごとはめ込まれていたりして、その価値は計り知れない。
ついでに二人が居る部屋自体も特別仕様になっており、赤い幕が張られている。
他にも至る所にさりげなくキムラスカ・ランバルディア王国に代々伝わる装身具や工芸品の一品が添えられており、まさに絵画を描くための部屋と化していた。
(マジかよ。この宝珠だって滑りやすいから、持ってるの気を付けてるのに…)
面倒がまた増えたとルークの頭が若干痛くなる。
皆のたっての希望から、アッシュはローレライの剣を、ルークはローレライの宝珠を持っていた。

この世界に再び戻ってきたときに、二人がまた分けてローレライの鍵を持っている理由は、未だによくわかってはいない。
元々、アブソーブ ゲートで一度ヴァンを倒したときに、ローレライから分けて渡されたものだったのであまり深くは考えてはいなかったが、二人が分けて持つのは自然の成り行きだった。
だから今は、二人で守るためにローレライの鍵があると、そう思っていくことになったのだった。








時計は音も立てずにただ進む。
今度で書き終わってくれたかなとルークが淡い希望を感じた時、終わりの声をかけたのは、画家ではなく違う人物であった。

「母上?」
ゆっくりと妨げしないように、画家の背後に近付く母の様子を見て、思わずルークは名を呼んでしまった。
「あら、邪魔をしてしまったかしら?」
ちょっと気になってしまって軽く様子を身に来たのだが、やはりルークの集中を解いてしまい、申し訳なさそうにそうシュザンヌは声をそろえた。
本当だったらもっと小まめに足を運びたいのだが、じーっと見られるのは少々気になるという理由で、息子は二人から立ち会うのは遠慮されている。
「いえ、今日のところはここまでと思っていましたので。」
芸術家といっても協調性があるからこそ宮廷画家になれる。
身なりはもちろんのこと、依頼主でもあるシュザンヌが現れると、画家は早々に終わりを示した。
不必要になった木炭をパンで軽く消してから、簡単に塗布を延べて、道具をカタリと置く。
その言葉を聞いたアッシュとルークはほっとして、一気に身体の体制を崩し始める。
「…終わった。」
しゃべれるという行為も久しぶりな気がして、ついルークは思いっきり言ってしまう。
画家としては、本当はもう少し長く描いていたいというのが本音だ。
仕事柄、肖像画の依頼は日常茶飯事であるが、この二人は特別すぎる。
視覚的特徴が及ぼす外見は確かに似ているが、似ているようで似ていない二人なのであくまで対になるように内面を写すことになる。
完全なる模写とは違うので、描き分けは難航の部類に入った。

「まあ、よく出来ているわね。」
彩色にかかった描きかけの絵を一通り眺めてから、シュザンヌは喜びの声を出した。
完成すればもっときちんとした油彩画になるのだろうが、描画と着彩に入った段階でも十分にそれは分かった。
別にそれほど楽しみに思っていたわけではないが、途中なのであんまり見るのは悪いかなと思っていたルークは絵を全然見ていないので、シュザンヌの言葉を聞いて少し気になる。
「もったいないお言葉です。お二人の御髪を表現するのに大変苦労しましたが、後は瞳の色でしょうか。」
赤の色素が加えられるまでも相当時間がかかった。
際立つモチーフが目の前にあるというのに、納得できる色が作れないのだ。
ようやくそれに至ったとしても、最後の一点である良く映える翡翠色がどうなるかはわからない。
自分で言うのも何だが、本当に納得するまで描きあげられたら稀代の名画となると思った。
「出来上がったら、屋敷のエントランスに飾りましょうね。あと複製原画をいくつか必要ね。あなたたちも欲しいかしら?」
何やらすでにいろいろと計画を立てていたらしいシュザンヌは色々と口走る。
今は透写や写真技術も発達しているので、多数印刷するのも容易だった。

「えと…」
突然質問をされて、ルークは口ごもる。
「いえ、とりあえず結構です。」
ぐるぐるとルークが考えているうちに、あっさりアッシュが断りの言葉を入れてしまう。
「あら、アッシュは恥ずかしがりやさんね。じゃあルークもいいのね。」
マイペースなシュザンヌはそう決めて、言ってしまう。
続いて、欲しかったら言ってね。ほほほと嬉しそうに言い残して部屋を出て行ってしまう。
また何か色々と考えていることがあるらしい。
昔に比べて格段に表情の移り変わりが多くなったのは、良い傾向だった。
「では私もアトリエの方で作業しますので、これにて失礼します。また次回もよろしくお願いします。」
いつの間にか手早く片付けを終わらせていた画家は、一礼してそう言った。
大きなキャンバスをアトリエに一時的に運ぶために、白光騎士団兵に助力を頼みに行く。








「さて、着替えに戻るか。ルーク、どうしたんだ?」
二人以外誰もいなくなってしまったので、アッシュはルークにそう伝えた。
しかし、ルークはいつもの明るい様子を少し見せていない。
「絵、ちょっと欲しかったな。」
アッシュが淡白に断らなければ、欲しいといえたかもしれないと思って、微妙にルークはそう言う。
正直、自分の姿とかは別にどうでもいいけど、アッシュのはちょっと欲しいかなと思った。
肖像画はインゴベルト陛下も自室に飾っているのだからそういうものだったら、部屋に堂々と飾れるし。
ヴァン師匠とか幼少の自分の写真は飾ったりもしてあるが、そういえばアッシュのは何もないことに気が付いたのだった。



「別に絵なんてわざわざ見なくても、本物がここにいるだろう?見たいならいつでも隣にいてやる。」
そう言うと、さあ行くぞとアッシュはルークに手を差し向けた。

「あーもう!そーゆー恥ずかしいことを堂々と言うなよ。俺も絶対隣にいるんだから、覚悟しろよ。」
アッシュのことを見たいと思っていたのが、見抜かれていたことが微かに照れくさい。
臆面もなく言うアッシュとは違い、さすがに少し顔を赤らめて俯いたルークだったが、目の前の手をしっかりと掴んだのだった。















そして、砂時計は無限にも進む―――










「おい、知ってるか?二千年前の肖像画が見つかって、一般公開されるらしいぞ。」
「それは凄いな。確か第七音素が存在する時代だったよな。」
「今じゃもう殆ど資料が残ってないから、あんまりあの時代は習っていないけど、そうだったよな。」
「しかし、今では相当古い部類だが、当時には写真技術があったはずなのに、どうして写真にしなかったんだろう?」
「馬鹿だな。昔の写真技術じゃ、二千年も現存出来るわけないじゃないか。絵だからこそ見つかったんだよ。」
「そうか。だから残っている資料が少ないのか。ところで画家は有名な人物だったのか?」
「いや、画家は判明していないらしい。どうやら双子が描かれているようなんだが。」
「へえ。双子の肖像画なんて珍しいな。あまり絵には興味がなかったが、今度足を運んでみるとするか。」
「そうだな。ええっと、タイトルは『Lucis et…』」
















アトガキ
300000hitキリリク「ED後の幸せな二人」で書かせて頂きました。
リクエストいただきまして、ありがとうございました!
事件性のない話を書く機会がなかなかなかったので、楽しみながら久しぶりに書きました。
ほのぼのなファブレ公爵一家が好きです。
リクエストして頂いた、ひびき様のみお持ち帰りokとなります。
2008/09/16

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